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カズばあちゃんの激動の昭和アワー!!第二部

神秘な体験談
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はじめに

皆さん、こんにちわ。

カズばあちゃんの激動の昭和アワー!!第二部の始まりです。

これからは10代後半から20代にかけての私のチャレンジ精神が活発に動き出す時代に入ってきました。

専門学校に通うことに

初めての市街地見学

私はレベルアップの為、隣の大きな市に通い技術習得という事で、沢山の習い事をしました。

現在のようにPCやスマホがあるわけではないので、簿記、珠算、タイプ、書道、華道、茶道の資格を取得する為に専門学校に通う事になったのです。

母親と二人で下見をする為に電車やバスを乗り継いで、あちこち見学して歩いた。

ラーメン屋に飛び込んだ

支那そばラーメンおかわり!!

なんと人の多い事!地元とは大違いで迷子になりそう!人混みを歩き疲れて母親と二人顔を見合わせ、[お腹すいたねぇ~]と駅近くのラーメン屋に飛び込んだ。

混んでいたが、隅の方の二人掛けのイスに座ることができた。慣れない街で緊張し、クタクタになっていた。運ばれてきたコップの水のおいしかった事!

私は細麺のしょう油味で、メンマが沢山入っているのが大好きだった。通称「支那そば」と言われるもの(ラーメンだけど、”そば”と呼ばれていたね)
私はスープよりも細麺の歯ごたえが、とても好きで二杯おかわりした。

胸に響いた舟木一夫の歌

はじめての高校三年生の歌声

一息ついていると、お店のテレビから清々しく、さわやかな歌声が流れてきた。
「赤い夕陽が校舎に染めて~」舟木一夫の「高校三年生」である。

私はその時、初めて聞いたのだが、甘く、さわやかな、ちょっぴりうれいを含んだ歌声が胸に響いた。

大粒の涙が一つ

親子の交流

そして、娘の身を案じて、これから私が通う事になる道のりや、電車やバスの乗り場の確認、駅近辺の”たまり場”や危険そうな箇所をチェックして私に告げて、注意を与えてくれた。母親はとても疲れた様子だった。

私は涙が込み上げてきて、[お母さん、どうもありがとう]と一言だけ言った。その時、本当に見事な程、大粒の涙がハラリと一粒、頬を伝って落ちた。

それ以来、この舟木一夫の「高校三年生」が特別な思い出の曲として私の心に刻みこまれて行った。

日本の国技の素晴らしさ

大相撲の世界

そして私が二十歳の時に以前から計画していた「大相撲の世界に触れてみる」を実行する時がやってきました。

中学の頃から月刊誌を購読して居り、その内容は相撲道から始まり、個人のエピソードまで、とても興味深く楽しめた。昔のお相撲さんは多種多様!ビックリする位個性の強い方達が勢揃いしていました。

取り口も様々で、例えば土俵を何度も何度もクルクル逃げ回って最後に奇襲をかけて勝つ!という「土俵の牛若丸」こと、藤ノ川関ふじのかわぜきとか相撲の妙味を見せてくれる栃東関とちあずまぜき等。本当にお客さんを飽きさせない、日本の国技でありながら、そのエンターテイナーの素晴らしさ!

たった一人の女性の存在

相撲茶屋でアルバイト

私は全て一人で段取りをつけ、相撲茶屋で大相撲が開催される十五日間をアルバイトとして働く事になり、住まいはお茶屋さんの自宅に住める好条件だった。

単身地方から東京に出る女性は昔は少なかったので、大きな不安はあったものの、興味ある事への探求心の方がまさっていた。

「一番茶屋〇〇屋」と屋号がついて居り、各お茶屋の裏手に回るとそれぞれの店で、アルバイトをしている男子大学生がズラッとスタンバイしている。その中でエプロンをした小柄な私がちょこんと控えている・・・。といった具合です。

女性はたった一人なので、負けられない、ミスは出来ないという強い覚悟みたいなものが私に出来てきた。

決して泣き言は言わない

相撲茶屋のシステム

相撲茶屋のシステムはというと、まずお客様が来店したら、番頭さんが裏口に待機している私に、お客様の希望する、お茶、甘栗、焼き鳥等のおつまみを書いたメモを渡し、

忙しい時は大きな声で、口頭で言ってくるので、それを暗記して、急いで国技館の地下にある仕出し屋、問屋、小売等が並んでいる店まで走って降りて行き、

注文通りの品を持って、階段を駆け上がって、番頭さんに手渡し、番頭さんはそれを持って、お客さんのチケットに書いてある席までご案内するという仕組み。

お茶屋さんの敷地は細長く、ほとんど裏口付近でのやり取りになっていた。

店の表玄関は着物を着たおかみさんや、番頭頭ばんとうがしらさんが優雅に座って来店された方達と楽しく会話をし、裏口では忙しく、時間帯によっては戦争のようでした。

裏口でじっと立って待機し、忙しくなると地下のお店まで走って階段の往復はかなりしんどかったけれど、決して泣き言は言わず、他店のアルバイト男子大学生達には引けを取らずに頑張った。

してこれからが一番の話したい事、皆さんに聞いてほしい内容に入って行きます。

蔵前国技館での興行

柏鵬時代突入

(イラストはイメージです)
1960年代に入ると「巨人・大鵬・卵焼き」という合言葉のもとに国民の人気のバロメーターになっている大相撲は東西の両横綱「大鵬vs柏戸」の柏鵬時代の真っただ中。

私が相撲ファンと知っていて、結びの一番になると店のおかみさんが「カズちゃん、時間だよ~!早く見ておいで~!」と、いつも声をかけて下さるので、

「ハ~イ!!」と元気良く返事をして、私は脱兎ダットのごとく建物の裏通路を花道に向かって走り出す!一番近くの花道にたどり着き、呼吸を整えて周りを見渡すと会場全体の緊張感が伝わってきた。

花道での観戦

横綱大鵬と私との対峙

ふと何気なく、反対側の花道に目をやると、私は心臓が飛び出しそうになった。
何とそこには横綱大鵬が仁王立ちになってジッとこちらを見ている。

今から勝負に出る大鵬関が花道で呼吸を整えて控え席にいく手前の段階で出番を待っているのだった。

丁度、対角線上にある花道だったので、物理的に大鵬関と私が対峙する形になっている。

テレビや雑誌等で横綱大鵬の事は少年時代から拝見していたが、笑顔が限りなく、やさしい方というイメージが残っていたが、これから勝負に挑もうとする厳しい勝負師の顔になっていた。

大鵬関がジッとこちらを見ている。私も大鵬関をまっすぐ見返す。
偶然、対角線上にある花道だった為その状態が場所中、十五日間続いた。その事が、当時私の励みになり、精神力を一層、強くした要因の一つかも知れない。

昔のようなにぎわいが嬉しい

大相撲の発展を心から願う

話を戻して・・・会場は大鵬vs柏戸の両横綱の対戦を固唾カタズを飲んで見守っている。塩をまき、何度か仕切りが繰り返され、いよいよ軍配がおろされ、両横綱が立ち上がると、会場からまるで滝の轟のように一斉に大歓声が上がり、私も我に返った。

私は昔から力士の特性や技、取り組みの内容を分析したりするのが好きだったけれど、やはり十五日間集中して戦い続ける事は大変なものがあると思います。

昔と今では、いろんな意味で変わってきていると思うけど「心・技・体」を重んじる国技である大相撲の益々の発展を心から願っています。

さて、次回は第三部の最終回になります。出来次第載せますので、皆さん是非また見て下さいね。

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冒険・探検・謎に挑戦!!(カズばあちゃんのひとり言)
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